プラズマディスプレイの興亡、その死因は「メモリ」の進化だった
The Rise and Fall of the Plasma Screen
1960年代、PLATO端末向けにメモリ内蔵ディスプレイとして生まれたプラズマ画面。1968年にOwens-Illinoisが実用化し、大型テレビ市場で一時隆盛を誇ったが、LCDの台頭と製造コストの壁に敗れ、2010年代に製造終了。技術のSカーブを逆走する運命をたどった。
プラズマ画面はもともと、CRT画面とそれが要求する大きく高価な外部メモリの代替として構想された。しかしメモリ技術も立ち止まってはいなかった。