アンティクヮ対フラクトゥール論争:ドイツを二分した活字戦争の結末
Antiqua–Fraktur Dispute
19世紀から20世紀初頭のドイツで、ラテン文字(アンティクヮ)とドイツ文字(フラクトゥール)のどちらを「正しい」書体とするかをめぐる激しい論争が繰り広げられた。フラクトゥールはドイツの精神性を体現するものとされ、ビスマルクも愛用したが、ヒトラーはこれを嫌い、1941年に「ユダヤ文字」と断じて使用を禁止。ナチス政権下でアンティクヮが勝利し、現代ドイツではフラクトゥールは看板や広告で郷愁を誘う装飾として残るのみとなった。
「あなた方が主張するゴシックの内面化など、鉄と鋼、ガラスとコンクリートの時代にはそぐわない。」