Ray Ozzieが語る「早すぎた未来」を信じる理由

Ray Ozzie and the Optimism of Being Early

高校時代にPLATOのオンラインコミュニティに触れたRay Ozzieは、その体験を世に広めるためLotus Notesを開発。当時は共同作業ソフトの概念すら未成熟で、OS/2とWindowsへの同時出荷など異例の挑戦を重ねた。標準化より「ユーザーと技術の適合」を優先した結果、Notesは愛憎半ばで迎えられたが、Ozzieは「誰かが概念を開拓せねばならない」と語る。今、LLMが再びその可能性を開くと期待を寄せる。

「選択の余地なんてなかったんですよ。だって、すごく魅力的なのに、みんなが無視していたんですから」
  1. danielovichdk

    Rayは、そしておそらく今でも、偉大なアーキテクトでありプログラマーだった。

    彼のおかげで、若いMicrosoftの社員だった私たちは、会社のトップにも技術者の居場所があると感じられた。

    Microsoftは実際、常にそれが得意だった。彼らは社員を正しく扱う方法を知っている。

  2. GMoromisato

    私はLotus NotesとGrooveの両方に携わった。Rayの素晴らしいところは、プロジェクトのあらゆる部分に関わる能力と意欲を持っていることだ。彼は高レベルのビジネス要件を推進し、コードを書き、アイコンや色にまで気を配った。しかも、それを一切の傲慢さなく行い、必要なときにはチームが反論することを許した。

    興味のある人向けに言うと、少し前に私はRay Ozzieの別のプロジェクト、Live Meshについて書いた: https://gridwhale.medium.com/live-mesh-and-the-future-of-com...

  3. weinzierl

    これは楽しい読み物だった。特に、時代と時代の間に生きて創造するという考え方には共感する。

    Lotusを見たり触ったりしたことはあるが、それが主要なコミュニケーションツールだった環境で働いたことはないほど若い。

    それでも、元記事から私が受け取ったのは、OzzieがLotusを単なるメールクライアント以上のものにしようと努力したということだ。

    Lotusは、大学の共有コンピュータシステムのコラボレーション機能(メール、チャット、フォーラム、共有ドキュメント、アプリケーション)を、普通のネットワーク接続されたPCのような環境に持ち込もうとする試みとして考えると、ずっと納得がいく。

    奇妙なメールクライアントよりも大きな何か、ということだ。

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2026-09-19